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Posted by チェスト at

2007年09月30日

おつかれさま。

かごしまアジア青少年芸術祭。

終わりました。


まつりの後はいつも、部屋で一人しずかに振り返っています。

まだまだいろんな想いが・・・

あそこをあぁしてれば良かったとか、数えればきりがないけれど。



けど大事なのは、イベントを通じてできた新しい出会いの数々。

まつりの醍醐味は、苦労をともにすることなんだなと噛みしめる夜です。

みんな無理難題を笑顔で引き受けてくれました。



幕が下りた後、客席から走って駆け寄ってくれたおばちゃん。

「いいもの見せてもらったよ〜」

何かを伝えることが出来たのかな。



関わった全てのみなさんにおつかれさま。


自分にも少しだけおつかれさま。  


Posted by taro at 21:47Comments(7)音楽・舞台 音楽

2007年09月27日

その眼に

鹿屋での舞台制作会議が始まりました。

ボクの地元に出来た文化ホール。

生かすも殺すも中身(ソフトコンテンツ)だということは身をもって体験していますが、その大変さも身に染みているつもりです。

目の前に突然ふってきた任務に、武者震いの一日でした。



さて、夕方見学させてもらった市内の高校の演劇部。

二日後に控えた高校演劇・地区大会へ向けて、狭い教室での通し稽古中でした。

部員はたったの8人。

だけど、ボクという”よそもの”が見ていてもなんら動じることのない迫真の演技。

終わって、一人一人に演劇のどこが好きかと質問すると、さっきまでの大声は嘘のよう。

たじたじとしながらも、”違う自分を出せるところ””演劇を通して自分が明るくなった”・・・答えてくれました。



人前でしゃべることが決して得意ではない彼らの”あの演技”は、純粋さそのものなんでしょう。

”その気持ちを忘れないで”と心底、思いました。


大人が子どもから学ぶとはよく言いますが、

あの純粋な眼に一瞬”射抜かれて”しまったボクも、大事なモノを忘れてしまっている一人なのでしょう。



彼らの眼がボクを動かしてくれそうです。  


Posted by taro at 08:36Comments(5)音楽・舞台 音楽

2007年09月26日

ホスト・かごしま

鹿児島も彼岸花が顔を出し、ススキの穂が風に揺れています。

東北や北海道などは、すっかり秋の気配なのでしょうね。


一夏をまるまる東北のキャンプ場で過ごしていた学生時代。

8月の終わりにはすっかり秋めいてくるのですが、新幹線が東京に着くと、そこはまだ残暑の盛り。

10月の終わりにある沖縄での実習では、また夏が帰ってきたようで、同じ日本の気候の多様性が好きでした。



今週末に開かれる「かごしまアジア青少年芸術祭」では、演出を担当しています。

http://www.seaon.jp/asian/

今回で2回目となるこのイベント。

ボクのテーマは”文化交流のホスト・かごしま”です。

環太平洋の7カ国からゲストが参加するのですが、彼らをどう引き立たせるか、そして”また鹿児島に来たい”と思ってもらうこと。

そんな迎える側の”ホスピタリティ”を考えました。


このイベントはインターネットによって、世界中にライブ中継されます。

これも、まさに現代のイベントですね。



土曜の宝山ホール、日曜の中央公園とどちらも入場無料のイベントです。

鹿児島の方はぜひ会いに来てください。  


Posted by taro at 09:32Comments(7)音楽・舞台 音楽

2007年09月23日

ふるさとが奏でるオンガク

昨日はAMU広場で3回のステージでした。

はっぴーママのT編集長は、「チェスト行け!」をできるだけ多くの人に聴かせたいんだと、複数のステージを用意してくれたのです。

感謝。


このウタはボクが鹿児島へ戻り、初めて書いた曲。

今は「ハンヤ節」と「おはら節」という鹿児島の2大民謡を間に挟んで歌っています。


民謡のパートになると、多くの人が口ずさんでくれてるのが見える。

それが一番嬉しい。

ふるさとの歌を歌っていきたいと強く思うのです。



数日前、高速道路を運転しながら桜島の姿が目に入った時、自然におはらのメロディが頭の中で流れました。



久しぶりの感覚。

それは、沖縄に住んでいた頃によく味わっていた感覚です。

飛行機で沖縄に着いた時。

全ての景色が、琉球の音楽をボクの中で奏でさせていました。


鹿児島の民謡を歌い出してから、数ヶ月。

沖縄ほど地域の歌があるわけではないですが、鹿児島でもやっと”景色”が曲を奏でました。



ふるさとが奏でるオンガクが、ボクの原点です。  


Posted by taro at 07:37Comments(4)かごしま

2007年09月19日

今日も一歩進め

今日は鹿屋に来ています。

ボクが高校の3年間を過ごした町。

これから始まる舞台作りの打ち合わせです。




地域の題材をと考え、調べ始めると、この大隈半島の歴史は本当に古いのです。


霧島周辺が日本発祥の地と呼ばれるように、最古の歴史書「古事記」の中で重要な役割を担っています。


古事記の物語はいささか神話的でファンタジックですが、上野原の縄文遺跡や古墳群など、太古にの時代より人々が生活していた証が多数あるのです。




そんな大隈半島を時間の許すかぎりめぐるようにしています。


高校生のころはまるで気づかなかった、文化遺産の持つ重厚な魅力。


深い自然の持つ圧倒的な存在感。




同じものを見ているはずなのに、こんなにも受ける印象は違うのです。


それはボクも多少なりとも”旅”をしてきたということなのでしょうか。


出会いと別れ、喜びと悲しみを誰もが味わい、人は変わっていきます。


変わっていくことは決して悪いことではないと、ボクは思いたいのです。




さぁ、今日もその人生を一歩進めるべく、新しい出会いに胸を膨らませています。

  


Posted by taro at 10:55Comments(5)かごしま

2007年09月18日

ライブに行って

昨日はめずらしく時間を割いて、福岡までライブを見に行きました。

Tete(テテ)という、セネガル系フランス人のシンガーです。


http://blog.goo.ne.jp/plankton-staff/(ライブの模様)


一本のアコースティックギターに女性コーラスが一人と、シンプルきわまりないステージでしたが、それが良かった。


特にアンコールでは、マイクも使わずに生の声とギター!

ボクは最前列ど真ん中というラッキーな場所で、左の耳からテテの歌声とギター、右の耳からコーラス。


あえて裸一貫で、刀一本でみたいな姿勢に”ホンモノ”を感じたと同時に、生の声が持つ温もりを思い出しました。




物質的には恵まれ過ぎているボクらの音楽が、たまに迷走してしまう。

それは着飾る服ばかりに気をとられてしまうからかも知れない。




初めて自分のギターを手にしたあの頃のことを忘れないでおこう。


胸のところから、こう温かい音がポロンとこぼれ落ちた、あの感触を。  


Posted by taro at 16:59Comments(5)音楽・舞台 音楽

2007年09月16日

子どもとのせめぎ合い

鹿児島は台風の影響でしょうか。

じめっとした空気に包まれています。



今日ははっぴーママ撮影会場にて、子どもたちと”遊んで”きました。

ジェンベや竹の笛で音を出したり、絵本の読み聞かせなどなど。。



読み聞かせというと”えっ!?”とびっくりされる方も多いのですが、こういうこと以外と好きです。

沖縄に渡りたてのころ、それこそガジュマルの木の下で、自作の紙芝居や絵本を読んでいました。

絵本を聞いている時の子どもたちの顔を見ていると、彼らが何かに反応、感動していく姿が見えます。

人が感受性の扉を開く瞬間を見るのが好きなのかも知れません。



子どもたちには肩書きは通用しません。

面白いか面白くないのか、その非情とも言える判断とのせめぎ合いは、ボクにある種の原点を思い出させてくれます。



真剣なのか、真剣でないのか。

正直なのか、正直でないのか。


子どもが感動してくれるステージは”本物”なのかもしれません。




次週は土曜日にあみゅ広場でのライブ。

10:30、13:00、14:30の3回です。

気軽に聴きに来てくださいね!  


Posted by taro at 17:16Comments(6)自分のこと

2007年09月15日

すーっと

今日のセンス・オブ・ワンダークラスは、ザビエル公園に行って来ました。

下見に行った時、あまりにゴミが目に付いたので、まずは掃除をしようと子どもたちと約束。

以外にも楽しそうな顔でゴミ拾いを”楽しんで”いました。






特に、お父さんは清掃のお仕事をされているという小学生の女の子が、もくもくと頑張っています。

なんかいいですね。


公園の見た目がキレイになる以上に、自分の気分がすーっとキレイになる感じがありました。



労働は人のためのようで、結局は自分のため。


お父さんの毎日の仕事に想いを馳せたのではないでしょうか。



木陰でサツマイモとエリンギの炊込ご飯を作りました。

秋風がすーっと吹いてきました。  


Posted by taro at 15:43Comments(4)教育

2007年09月14日

ある日の写真から



ある島の、ある朝。

姿を現す前の太陽が、空をそして水面を染め始めた。

ほんと10分ほどのできごと。



昨日、美容師HO-BOさんと内之浦沿岸を走っていた。

大隅半島はほぼ初めてという彼は、その山の深さ、そこから流れる美しい川、そして海、全てに感動の声を上げていた。

特に護岸されていない本来の川の姿に、もう薩摩半島にはほとんどないはずと語っていた。



ありのままの自然の壮大な姿を見せられると、簡単には触れてはいけないような、足を踏み入れてはいけないような、そんな畏怖の念にかられる。

それが、きわめて日本的な自然とのつき合い方だったのではないだろうか。

”バチがあたる”とは昔よく言われたもので、科学を越えた自然のもつ”なにか”に、ボクらの祖先は敬意と恐れを抱いていた。



今、舞台の資料として古事記を読んでいるのだが、人間の欲が自然を支配しようとした時、そもそもの自然破壊は始まっていたんだなと思う。

それは太古の昔、稲作が始まった辺りの話である。



それはそうと、子どもたちに圧倒的な自然を見せることは必要だと思う。

人間にも到底かなわないものがあるんだと、漠然とでいいから感じる体験は必要だ。




そんなことを思い出させてくれる一枚の写真たち。


ボクのiPhotoライブラリーから、何枚か紹介しようと思います。


  


Posted by taro at 12:11Comments(5)ある日の写真

2007年09月12日

今朝、部屋を出るとふっと涼しい風が通り抜けた。


秋なんだな・・


たったそれだけのこと。

夏が過ぎ去っていく寂しさが、なぜか昔から好きだった。


大好きなものも終わる。

いや、終わりがあるから、いとおしいんだろう。



今のこの出会いもそう。

楽しい時間には必ず終わりがある。

それは寂しいことではなく、今を生きろというメッセージだ。




そして、苦しい時間にも必ず終わりがある。




季節がめぐる。

それは、誰にも平等に与えられた時間が、終焉にむかって突き進んでいくこと。

それが素晴らしいと思えたら、毎日はたまらなくいとおしい。  


Posted by taro at 13:03Comments(3)自分のこと

2007年09月09日

静かな自信

今日は甲突川での雑誌の撮影。

子どもたちと魚を追っかけてきた。


網を手にした子どもたちの顔は恐ろしく真剣で、見ているお父さん、お母さんには以外だったよう。

狩猟本能というか、どっかに”野生”が残っているのかな。

それはそれでいいことだ。




夕方は市役所のMさんと、県文化センターの下見と打合せ。

土日も関係なく、ボクや子ども実行委員たちとの打合せに追われているMさん。


”どうせ家にいてもやること無いですから〜”とひょうひょうと語る笑顔に、”本物”を感じた。


というのも、舞台や芸能関係者の中には、自分たちが特別なんだという目線で公務員を軽視したりする人もいる。

もちろんそんな人ばかりではないが、たまにそんな人と会ってがっかりすることが何度かあった。



どっちが本物?



ボクの憧れの仕事人たちは、”自信があるから”みんな穏やかで紳士的だ。


いつも笑顔で、相手に気を配っている。




かっこいいなぁ・・・




明日はブログがメンテナンスみたいです。


いつも読んでくれているみなさんに感謝して。  


Posted by taro at 21:44Comments(4)自分のこと

2007年09月08日

”ああなりたい”というモチベーション

昨日は”かっこよく”と書いておきながら、今日もミス連発で全然かっこよくなかったボクです。

特に何かに没頭すると、基本的なことをおろそかにしてしまうのが昔からの悪いクセ。

なかなか三つ子の魂は変えられないものです。



今日も英語の生徒と教育談義。

語学にコツや近道はあんまりないんじゃないかな。

どこかでコツコツやる時期が必要だと思っている。



ボクが何かを身につける時、頼りの綱は”モチベーション”だ。

そのモチベーションとは

”ああなりたい”

という欲求から発される。


地道で大変な作業も、”憧れのあの人のようになれるかもしれない”みたいなワクワク感が勝れば、苦しいとは思わないだろう。


そうやって歩いてきた。

人に負けたくない・・と考えたことは不思議と無かったな。




昨日の話に戻るけど、話を脱線させる子が純粋に”何か”への興味を持っているのなら、ボクはどこまでも付き合ってあげたいと思う。

だけど、授業を中断させたい、とか誰かの邪魔をしたい、というモチベーションなら絶対に厳しく叱るだろう。

それを見極めるのは難しいことだけど。



さてさて、明日は子どもたちと川遊びだ。



このブログに向き合うことの意義は、自分の経験と考えが整理されること。

子どもの頃、文を書のが一番嫌いだったボクだけどね。  


Posted by taro at 21:34Comments(4)教育

2007年09月07日

やっぱりカッコよく

ボクの同級生は、教職に就いている人がけっこう多い。


ボクも少なからず子どもたちと接しているから、よく話をするんだけど、

「子ども好きなんだね〜」

と言われると、ちょっと困ってしまう。



うーん。


好きですって言えれば楽なんだけど、子どもといえども100人いれば100人の顔がある。


曲がった意地悪したりする子は普通に嫌だし、それって大人だろうが子どもだろうが関係ない。


こんな風に書くと、教育に携わる者として失格だとお叱りを受けるかもしれないけどね。


だけど、どうしようもなく本心。




でもボクには一つ自信があることがある。


それはどんな子でも”いいところ”を見つけること。



あばれる子には”あばれるな〜!”とは言わずに、外に出て一緒にもっとあばれる。

「元気がいいな〜! すごい運動神経だなぁ!」なんて言いながら。



授業中に話を脱線させる子には、徹底的に一緒に脱線する。

彼の興味や知識をみんなで共有すれば、その子はちょっとしたヒーローだ。



まぁ、こういうことは現実に学校では無理ですよ、とまたお叱りを受けるかもしれないね。



ボクらも昔、みんな子どもだった。


たくさんの大人を見て育ったはずだ。



あれこれ考えず、”カッコいい大人”であることが一番大事なのかもね。  


Posted by taro at 15:23Comments(6)教育

2007年09月06日

A子の夏

キャンプ・カウンセラーとして一夏をまるまるキャンプ場で過ごしていた学生時代の話。



そのコースでボクの班に来た小学生のA子は、いわゆる不登校の子だった。



両親からしてみればキャンプに申し込むのも、かなりの冒険だったのかも知れない。

彼女がやってくる前、果たして周りとうち解けられるんだろうかと、少々不安ではあった。




しかし、ふたを開けてみると、A子は周りの子たちと何ら変わることなく楽しそうに遊んでいた。

川で魚を追いかけ、一日かけて登山をし、キャンプファイヤーの前でおもしろおかしいスタンツを演じた。

真っ黒に日焼けした彼女が、バスの中から手を振っている光景を思い出す。




約一週間のキャンプが5コース。これがボクらの夏休みだった。


コースとコースの間に2日間ほどの休みがある。

なにせキャンプ中は昼は子どもと遊び、夜はミーティングと睡眠時間も少ない。

子どもたちを見送り、急に静かになったキャンプ場で、体力の果てた戦士たちはしばしの昼寝だ。



夕方、先輩から起こされた。


今、A子のお母さんから電話があったよと。

キャンプから帰り、彼女は学校の子どもたちと元気に遊んでいるそうだ。

お母さん、本当に感謝しているみたいだったよとの言葉に、

全身の疲れがすーっと抜け、チカラがみなぎってきたことを覚えている。




ボクもA子も、なんらかの階段を一段上れたのだろうか。




彼女はとっくにこのキャンプのことを忘れているかも知れない。

それでもいいと思う。



今頃すっかり大人になっているだろう彼女が、たくましく社会で生き抜いていることを信じている。  


Posted by taro at 13:43Comments(4)教育

2007年09月03日

不便を楽しむ。

モノに囲まれた現代人がなぜキャンプに行くかというと、その一つは”不便を楽しむ”ということがあると思う。



水道をひねれば出てくる”水”を確保するために、ボトルを持って川へと降りていく。

一秒で点火できるガスコンロの代わりに、マキを拾い集め、煙に咳き込みながら火を付ける。


ほとんどの作業は明るいうちに済ませておくべきである。

夜は、つまり闇だ。

ささやかな灯りを灯すのにも、燃料がいる。




そんな体験が”楽しい”と思えるのは、生きるという行為の本質に近いところで”遊べる”からなんだろう。


つまり”工夫”することも”苦労”することにも、達成感という”快感”がついてくる。




今日も、地球環境にまつわる番組が放映されているみたいだ。


義務だと思うと辛く感じるけど、不便を楽しんでみようという”遊び心”を持ってみてはどうだろう。



古いモノをメンテナンスして使い続けること。


自分の足で散歩して、季節の変化を感じること。


小さな畑で、自分だけの野菜を作ってみること。




どれも、地球に負担をかけないリッチな時間だよね。  


Posted by taro at 22:18Comments(9)エコロジー

2007年09月02日

心の旅

徹夜明けのぼうっとしたアタマで、画面に向かっています。

レコーディングが始まると時間の感覚が無くなるモノで、どうしても気が付けば明け方ということになりがち。

ライブとは一味違った、この仕事でもっとも集中する充実した時間です。



先日、喜界島へ行くフェリーの上で作った曲。

CDに収録することになりそうです。



想像してみて下さい。


満点の星空を走る船の、真っ暗な甲板。


仰向けに寝転がると、船体の一部が白く画面の下の方に写っています。


その上に群がる無数の星。


船体がボクと一緒にぐらりぐらりと揺れるのが、逆に宇宙が左右に揺れているよう。




あぁ、この瞬間を忘れたくないな。


誰かにも伝えたいなと、がさごそとノートを引っ張り出し、ヘッドランプの灯りで詞を書きとめました。





今、部屋でその曲を聴いています。


あの瞬間がよみがえる。


それは、単純にボク一人のプライベートな出来事でしょう。


それでもいい。


あの”体験”が、どんなに忙しい日常にいても心の旅に連れて行ってくれるからです。  


Posted by taro at 11:31Comments(5)音楽・舞台 音楽