2009年04月26日
奄美への夢
奄美大島に行ってきた。
「ヒメとヒコ」の舞台である奄美。
特に龍郷町秋名集落は、島で唯一の田園が広がる。
伝統行事の平瀬マンカイは、
実はヒメヒコの冒頭シーンのモデルである。
そのヒメヒコの里帰り公演が出来たらいいなぁ。
夢を叶えるべく、まずは一人やってきた。
秋名では島の方々に歓迎していただき、
獲れたての貝やタコのごちそうに、
黒糖焼酎の杯を交わした。
「大隅の高校生にとって”奄美”は憧れの地です。」
行く先々の誰もが、熱心に耳を傾けてくれた。
こちらの一方的な想いに、全くたじろぐことなく
いやむしろ熱っぽく、ぜひ奄美に連れてきなさい、
誰もがそうおっしゃってくれた。
高齢化、過疎化が進むのは奄美とて同じこと。
しかし、情熱を真っ正面から受け止め、
それ以上の熱を持って応対する
この熱い大人がいる奄美に、
ボクはどうしても大隅の
高校生たちを連れて行きたくなった。
さめた人々がどうして
活気ある町を作ることが出来ようか。
たとえ馬鹿にされようと、
たとえそれがたった一人であったとしても。
その熱と熱が交われば、何かが起こるはずだ。
「ヒメとヒコ」は大隅と奄美の
交流を描いた物語。
舞台のストーリーが現実に
飛び出し、動き出そうものなら
なんと痛快なことだろう。
今度はきっとみんなで来るから。
そう心に決めて、島を後にした。

ヒメヒコの里-秋名-
「ヒメとヒコ」の舞台である奄美。
特に龍郷町秋名集落は、島で唯一の田園が広がる。
伝統行事の平瀬マンカイは、
実はヒメヒコの冒頭シーンのモデルである。
そのヒメヒコの里帰り公演が出来たらいいなぁ。
夢を叶えるべく、まずは一人やってきた。
秋名では島の方々に歓迎していただき、
獲れたての貝やタコのごちそうに、
黒糖焼酎の杯を交わした。
「大隅の高校生にとって”奄美”は憧れの地です。」
行く先々の誰もが、熱心に耳を傾けてくれた。
こちらの一方的な想いに、全くたじろぐことなく
いやむしろ熱っぽく、ぜひ奄美に連れてきなさい、
誰もがそうおっしゃってくれた。
高齢化、過疎化が進むのは奄美とて同じこと。
しかし、情熱を真っ正面から受け止め、
それ以上の熱を持って応対する
この熱い大人がいる奄美に、
ボクはどうしても大隅の
高校生たちを連れて行きたくなった。
さめた人々がどうして
活気ある町を作ることが出来ようか。
たとえ馬鹿にされようと、
たとえそれがたった一人であったとしても。
その熱と熱が交われば、何かが起こるはずだ。
「ヒメとヒコ」は大隅と奄美の
交流を描いた物語。
舞台のストーリーが現実に
飛び出し、動き出そうものなら
なんと痛快なことだろう。
今度はきっとみんなで来るから。
そう心に決めて、島を後にした。

ヒメヒコの里-秋名-
2009年04月21日
思無邪
仙巌園へ足を運んだ。
田村館長の特別講義を聴くためだ。
島津斉彬が生誕200周年の今年。
アジアの近代化のきっかけとなる
斉彬の殖産事業をテーマに創作を考えている。
そこで仙巌園に相談したところ、
なんと田村館長ご自身が快く話をして下さった。
これまでにも何度か尚古集成館での講話には
参加しているのだが、
今回のテーマは「海から見た南九州の歴史」であった。
その地理的特性から、南九州は日本でもいち早く
海外の影響を受けてきた。
メルカトルが作った世界地図にも、
形は今とはだいぶ違うが日本列島の玄関口として
”CANGOSHINA”(カンゴシナ=鹿児島)と表記がある。
藤原惺窩(儒学者)が記した文献にも、
大隅の内之浦が海外渡航の一大拠点として
記されており、外国からやってきた人
今から外国へ行こうとする人たちが
あふれかえっていたという。
時は戦国時代から江戸時代初期。
まだ鎖国が始まる前である。
その後、鎖国に伴う琉球を通した中国との貿易。
宝島事件など黒船の襲来。
造船、製鉄、紡績事業の展開。
薩英戦争。
西洋の実力を痛いほど知らされた薩摩は、
次々と留学生を送り込む。
そして西洋にも出せる工芸品としての切子は、
もともとは船の窓ガラスを作るための
工場から生まれたのだった。
「思無邪(おもいよこしまなし)」は
斉彬の座右の銘であったそうだ。
心情を思いのままに、偽らず飾らず。
薩摩焼や薩摩切り子など
薩摩の工芸品には、
他にない繊細さがある。
西洋の列強を肌で感じ、
あくまで柔軟に未来への道を
切り開こうとした先人たち。
無骨なイメージの薩摩ハヤト。
しかしその繊細さ、素直さで
海外といち早くつながり、
アジアの近代化に貢献したのだろう。
世界遺産登録の動きもある尚古集成館。
ぜひ足を運んで、先人たちのロマンを感じてほしい。
田村館長の特別講義を聴くためだ。
島津斉彬が生誕200周年の今年。
アジアの近代化のきっかけとなる
斉彬の殖産事業をテーマに創作を考えている。
そこで仙巌園に相談したところ、
なんと田村館長ご自身が快く話をして下さった。
これまでにも何度か尚古集成館での講話には
参加しているのだが、
今回のテーマは「海から見た南九州の歴史」であった。
その地理的特性から、南九州は日本でもいち早く
海外の影響を受けてきた。
メルカトルが作った世界地図にも、
形は今とはだいぶ違うが日本列島の玄関口として
”CANGOSHINA”(カンゴシナ=鹿児島)と表記がある。
藤原惺窩(儒学者)が記した文献にも、
大隅の内之浦が海外渡航の一大拠点として
記されており、外国からやってきた人
今から外国へ行こうとする人たちが
あふれかえっていたという。
時は戦国時代から江戸時代初期。
まだ鎖国が始まる前である。
その後、鎖国に伴う琉球を通した中国との貿易。
宝島事件など黒船の襲来。
造船、製鉄、紡績事業の展開。
薩英戦争。
西洋の実力を痛いほど知らされた薩摩は、
次々と留学生を送り込む。
そして西洋にも出せる工芸品としての切子は、
もともとは船の窓ガラスを作るための
工場から生まれたのだった。
「思無邪(おもいよこしまなし)」は
斉彬の座右の銘であったそうだ。
心情を思いのままに、偽らず飾らず。
薩摩焼や薩摩切り子など
薩摩の工芸品には、
他にない繊細さがある。
西洋の列強を肌で感じ、
あくまで柔軟に未来への道を
切り開こうとした先人たち。
無骨なイメージの薩摩ハヤト。
しかしその繊細さ、素直さで
海外といち早くつながり、
アジアの近代化に貢献したのだろう。
世界遺産登録の動きもある尚古集成館。
ぜひ足を運んで、先人たちのロマンを感じてほしい。
2009年04月13日
隣にある別世界
ラッキーだった。
三回目の挑戦でやっと一匹釣った。
最近はじめた石鯛釣り。
5年かけて一匹釣りました、
なんてこともざらにある
磯釣り最後の難関だ。
その釣り味は、他と一線を画し
一度ハマったらやめられないと
噂には聞いていたのだが、
本当にそうだった。
生まれついての凝り性は
とうの昔から自覚していて
友人たちも、あいつはまたハマったかと
苦笑いしていた。
石鯛釣りの面白さは
その強烈すぎる引きが一つ。
そしてもう一つは、
自然の変化をいかに読めるか。
特に潮。
毎日、天気図をながめ、
気温や風向きが気になり、
お月様の形を目で追いながら、
海の底にいる石鯛たちに思いを馳せる。
だからこそ読みが当たった時の
快感と言ったらないのだろう。
船ですれ違う石鯛釣り師たちは、
どこか職人的風格さえある。
自然を相手に百戦錬磨の男たちの風格だ。
さてそんな石鯛釣り。
実はこの鹿児島は、全国でもメッカ中のメッカなのだ。
南薩、甑島、三島、そして南大隅。
ヒメヒコの高校生たちが住む、海辺の田舎町が
石鯛釣り師たちの世界では、
憧れの地となる。
サーファーたちがハワイに憧れ、
ブルースマンたちがいつかは
クロスロードに立ちたいと思うように、
全国の石鯛釣り師たちが
この鹿児島の深く蒼い海を目指す。
内之浦、佐多、甑島の里、手打・・・
そこに住む友人たちは少し恥ずかしそうに
「知ってますかぁ?」
と地元を語るが、
いやいや、それは全国?千人の
あのツワモノたちの憧れの聖地だよと
今度からそう言おう。
断崖絶壁の下で、生き物のように
踊り狂う黒潮の蒼い海。
そこを憧れの地と崇める人たちがいる。
なんだか痛快じゃないか。
この釣りを始めたことで、
自分の田舎が、また違う顔を見せた。
すぐ隣にあって、全くの別世界。
覗いてみることで、景色が別のものになる。

三回目の挑戦でやっと一匹釣った。
最近はじめた石鯛釣り。
5年かけて一匹釣りました、
なんてこともざらにある
磯釣り最後の難関だ。
その釣り味は、他と一線を画し
一度ハマったらやめられないと
噂には聞いていたのだが、
本当にそうだった。
生まれついての凝り性は
とうの昔から自覚していて
友人たちも、あいつはまたハマったかと
苦笑いしていた。
石鯛釣りの面白さは
その強烈すぎる引きが一つ。
そしてもう一つは、
自然の変化をいかに読めるか。
特に潮。
毎日、天気図をながめ、
気温や風向きが気になり、
お月様の形を目で追いながら、
海の底にいる石鯛たちに思いを馳せる。
だからこそ読みが当たった時の
快感と言ったらないのだろう。
船ですれ違う石鯛釣り師たちは、
どこか職人的風格さえある。
自然を相手に百戦錬磨の男たちの風格だ。
さてそんな石鯛釣り。
実はこの鹿児島は、全国でもメッカ中のメッカなのだ。
南薩、甑島、三島、そして南大隅。
ヒメヒコの高校生たちが住む、海辺の田舎町が
石鯛釣り師たちの世界では、
憧れの地となる。
サーファーたちがハワイに憧れ、
ブルースマンたちがいつかは
クロスロードに立ちたいと思うように、
全国の石鯛釣り師たちが
この鹿児島の深く蒼い海を目指す。
内之浦、佐多、甑島の里、手打・・・
そこに住む友人たちは少し恥ずかしそうに
「知ってますかぁ?」
と地元を語るが、
いやいや、それは全国?千人の
あのツワモノたちの憧れの聖地だよと
今度からそう言おう。
断崖絶壁の下で、生き物のように
踊り狂う黒潮の蒼い海。
そこを憧れの地と崇める人たちがいる。
なんだか痛快じゃないか。
この釣りを始めたことで、
自分の田舎が、また違う顔を見せた。
すぐ隣にあって、全くの別世界。
覗いてみることで、景色が別のものになる。
