2010年11月15日
甘酸っぱい切なさ
松山公演が終わった。
高校生ミュージカル「ヒメとヒコ」4年目、10回目の公演だった。
ふり返るほどの年月でも回数でもないが、自分が舵取りとなって仲間と漕いできた船旅のようなもの。
苦労は全部忘れてしまうのは、何と言っても付いてきてくれる仲間がいるからだろう。
キャストの高校生たち、音響、照明、舞台、制作、ヒメヒコ会の全てのスタッフ。
そして稽古〜本番まで、全てを与えてくれている大隅という土地に感謝の気持ちである。
今回は生まれ故郷の松山という公演場所。
同級生や、近所のおばちゃんたちが多数来てくれた。
「たろちゃんーん」と小学生の頃と何ら変わらず手を振ってくれたおばちゃんたち。
変わるものと、変わらないものがある。
変わらないことの偉大さにも気付いた。
公演後の祭り会場ステージは、小学校のとなり。
背中には小学生の僕が遊んだときと、何ら変わらぬ遊具がたたずんでいる。
あの頃、真新しかった鉄棒や、サッカーゴールを眺めながら36才の僕は歌った。
決して戻すことの出来ない時間や、色あせたあの頃の景色。
それは単純に齢を重ねたということではなく、僕はやっぱり
そんな感傷がどうしようもなく好きなのだ。
舞台や音楽を通して表現したいのは、誰もが持つそんな”甘酸っぱい切なさ”なんだと思う。
あれほど気合いを入れて臨んだ松山公演への日々も、今となってはもう過去のひとひら。
やってきた瞬間に、思い出へと変質してしまう刹那の無情。
そんな当たり前の切なさが、僕の創作の原点だ。
故郷、松山の川辺で見あげた夕日に染まった空。
赤とんぼがめいっぱいに散らばっていたあかね色の空。
あの瞬間にもう戻れないという途方もない喪失感が、僕はなぜか大好きなんだ。
還れないから、僕らは前に進む。
今夜はもう沖永良部島で一人の夜。
来年、上演の舞台にまた違う仲間たちと稽古の日々。
精一杯の”今日”を積み重ねること。
そんな日々が僕にとっての幸福である。
松山公演/ドラマー森田さんのブログ
http://mojazz.air-nifty.com/molog/2010/11/post-e484.html
高校生ミュージカル「ヒメとヒコ」4年目、10回目の公演だった。
ふり返るほどの年月でも回数でもないが、自分が舵取りとなって仲間と漕いできた船旅のようなもの。
苦労は全部忘れてしまうのは、何と言っても付いてきてくれる仲間がいるからだろう。
キャストの高校生たち、音響、照明、舞台、制作、ヒメヒコ会の全てのスタッフ。
そして稽古〜本番まで、全てを与えてくれている大隅という土地に感謝の気持ちである。
今回は生まれ故郷の松山という公演場所。
同級生や、近所のおばちゃんたちが多数来てくれた。
「たろちゃんーん」と小学生の頃と何ら変わらず手を振ってくれたおばちゃんたち。
変わるものと、変わらないものがある。
変わらないことの偉大さにも気付いた。
公演後の祭り会場ステージは、小学校のとなり。
背中には小学生の僕が遊んだときと、何ら変わらぬ遊具がたたずんでいる。
あの頃、真新しかった鉄棒や、サッカーゴールを眺めながら36才の僕は歌った。
決して戻すことの出来ない時間や、色あせたあの頃の景色。
それは単純に齢を重ねたということではなく、僕はやっぱり
そんな感傷がどうしようもなく好きなのだ。
舞台や音楽を通して表現したいのは、誰もが持つそんな”甘酸っぱい切なさ”なんだと思う。
あれほど気合いを入れて臨んだ松山公演への日々も、今となってはもう過去のひとひら。
やってきた瞬間に、思い出へと変質してしまう刹那の無情。
そんな当たり前の切なさが、僕の創作の原点だ。
故郷、松山の川辺で見あげた夕日に染まった空。
赤とんぼがめいっぱいに散らばっていたあかね色の空。
あの瞬間にもう戻れないという途方もない喪失感が、僕はなぜか大好きなんだ。
還れないから、僕らは前に進む。
今夜はもう沖永良部島で一人の夜。
来年、上演の舞台にまた違う仲間たちと稽古の日々。
精一杯の”今日”を積み重ねること。
そんな日々が僕にとっての幸福である。
松山公演/ドラマー森田さんのブログ
http://mojazz.air-nifty.com/molog/2010/11/post-e484.html