2011年05月13日
許すという学び
もう何年も前のこと。
とある外国での出来事が、その後の僕に様々な場面で語りかけてくる。
僕らは安ホテルに泊まりながら、現地にいる知り合いたちにディナーに招待してもらいながら
約一週間の観光を楽しんでいた。
あれは浮かれていた完全に僕のせいだった。
招待されていたある夕食の約束の日時を勘違いし、すっぽかしてしまったのだ。
僕の持っていたレンタルの携帯電話には、その夜何度も着信があったのだが、
僕は他の人との夕食で盛り上がっていて、その着信にさえ気付かずにいた。
すっかり楽しんだ就寝前、着信に気付いた僕は留守電のメッセージに愕然とした。
僕らはその日、もう一組の夫婦に招待されていたのだった。
次の日、僕はありったけの言い訳を考えながら彼らのウチへ向かった。
気が重かった。
胸が痛かった。
どんな顔をしたらいいんだろう。
日本人のご主人とイギリス人の奥さん。
おそるおそる玄関の扉を開けた。
最初に出てきたのはご主人。
僕の顔を見るなり、
「このやろー!」と僕を羽交い締めにした。
それもありったけの笑顔で。
奥から出てきた奥さんは、一言だけ微笑と共に言った。
「・・・mistake」
僕は恥ずかしさと、申し訳なさと、そして彼らのあまりの優しさに涙が出そうだった。
僕は大事な大事なコトを学んだ。
あれからもう長い時間が過ぎた。
僕も組織のリーダーとして指揮を執る場面も増えてきた。
切迫した局面、プレッシャーののしかかる場面も数え切れない。
そしてチームメイトの失敗にも何度も遭遇した。
そのたびに、あの笑顔と「ミステイク」の言葉が甦ってくる。
僕は許すことの難しさ、ありがたさ、偉大さを彼らから学んだと思っている。
叱ることも難しい。
だけど許すことはもっと難しい。
あの体験が、だけど今の僕に語りかけてくる。
何度でも何度でも問うてくるのだ。
学びとはつまりそういうことなのだと思っている。

とある外国での出来事が、その後の僕に様々な場面で語りかけてくる。
僕らは安ホテルに泊まりながら、現地にいる知り合いたちにディナーに招待してもらいながら
約一週間の観光を楽しんでいた。
あれは浮かれていた完全に僕のせいだった。
招待されていたある夕食の約束の日時を勘違いし、すっぽかしてしまったのだ。
僕の持っていたレンタルの携帯電話には、その夜何度も着信があったのだが、
僕は他の人との夕食で盛り上がっていて、その着信にさえ気付かずにいた。
すっかり楽しんだ就寝前、着信に気付いた僕は留守電のメッセージに愕然とした。
僕らはその日、もう一組の夫婦に招待されていたのだった。
次の日、僕はありったけの言い訳を考えながら彼らのウチへ向かった。
気が重かった。
胸が痛かった。
どんな顔をしたらいいんだろう。
日本人のご主人とイギリス人の奥さん。
おそるおそる玄関の扉を開けた。
最初に出てきたのはご主人。
僕の顔を見るなり、
「このやろー!」と僕を羽交い締めにした。
それもありったけの笑顔で。
奥から出てきた奥さんは、一言だけ微笑と共に言った。
「・・・mistake」
僕は恥ずかしさと、申し訳なさと、そして彼らのあまりの優しさに涙が出そうだった。
僕は大事な大事なコトを学んだ。
あれからもう長い時間が過ぎた。
僕も組織のリーダーとして指揮を執る場面も増えてきた。
切迫した局面、プレッシャーののしかかる場面も数え切れない。
そしてチームメイトの失敗にも何度も遭遇した。
そのたびに、あの笑顔と「ミステイク」の言葉が甦ってくる。
僕は許すことの難しさ、ありがたさ、偉大さを彼らから学んだと思っている。
叱ることも難しい。
だけど許すことはもっと難しい。
あの体験が、だけど今の僕に語りかけてくる。
何度でも何度でも問うてくるのだ。
学びとはつまりそういうことなのだと思っている。
