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Posted by チェスト at

2010年10月26日

ぜんぶ自分のせい

浅田次郎の短編「シューシャイン・ボーイ」の一節にこんなシーンがある。
戦争孤児である一郎に育ての親でありガード下の靴磨きの菊治がこんな風なことを言う。

「世間のせいにするな。他人のせいにするな。親のせいにするな」
 芋をかじりながら、俺はさからった。
「でも、おいらのせいじゃないよ」
「いいや、おまえのせいだ。男ならば、ぜんぶ自分のせいだ」

誰もが戦争孤児の一郎に同情するだろうし、
一郎自身その境遇を社会のせいにしてしまうのもまっとうであろう。
誰もそのことに文句を言う人はいないのだ。
だってそれは事実なのだから。
しかし、菊治さんは一見、理不尽なことを言っているようで
これは相当に深いなと思う。
これはこれで愛情なのだ。

連日報道の奄美大島豪雨災害。
僕は今週末に予定されていたあるイベントの打合せや稽古のため、
何度か奄美に足を運んでいたし、そのスタッフの奮闘ぶりときたら
頭が下がる思いだった。
当初8月に予定されていたイベントは口蹄疫のため、10月に変更。
一年前から準備していたことのほとんどが、いったん白紙に戻されてしまう。
そして、ようやく立ち直って準備を進めていた今回、イベントは無情の中止。
しかし、イベントのスタッフは災害の復旧作業に奔走していると聞く。

僕たちが日々出会う、失敗、挫折、敗北、悪運、嫉妬、差別。
100%自あなたのせいでないよと、誰もが言ったとしても
そのことを真っ正面から受け入れてみること。
理由や理屈を外に探すより、ずっと単純で、難しく、結果
自身を成長させる一番の方法なのだと思った。


インターネットで調べてみると、この物語はドラマ化され
しかも「ソウル国際ドラマアワード」グランプリ受賞なのらしい。

大人の男が泣ける、そんな大好きな名作だ。


  


Posted by taro at 14:51Comments(1)自分のこと

2010年10月08日

忘れがたい景色

師匠の言葉は時を超えて、弟子に受け継がれる。
大学時代、僕の担当教授だった飯田稔先生は、やはり”教授”ではなく”師匠”だったと思う。

野外教育界の第一人者であったのは言うまでもないのだが、そのリーダーシップぶりに
世代や地域を超えて多くの弟子たちが親分として慕っていた。
夏の40日を過ごす花山キャンプ場での夜。
深夜まで続くミーティングで、僕ら学生の議論や悩みに
ズバッ、ズバッと短い一言を残してくれた。

部屋に入ってきただけで、空気が変わる。
それはプロとして厳しい感覚を持った人が持つ独特の緊張感であり、
まるで家族のような、どこまでも受け入れてくれる温かさの両方が混ざった不思議な空気だった。

根っからの江戸っ子で、気前の良さも抜群だった。
学生に実習の場をと、私財をなげうって作ったキャンプ場。
精神的にも体力的にもハードな40日間の指導者としての実習の最後には
ビックリするようなバイト料を学生に渡してくれた。
学生スタッフの労をねぎらって、温泉旅行までプレゼントしてくれた。

思い出は尽きない。
しかし、僕が師匠を思い出すのは、ふとした瞬間に僕が師匠の言葉を発している時があるからだ。
教え子たちの前で、まるで自分の言葉のように語っている言葉の数々は、実は僕の言葉ではないのだと思う。
これまで出会ってきたたくさんの師匠たちの言霊が、語り手を替えて人に伝わっていくだけなのだ。


あれはスキー実習の宿舎で見た光景だった。
深夜のトイレ。
師匠は学生たちが履き散らしたスリッパを、ひとり黙々と並べていた。
その後ろ姿に、あぁ、これが本物ってやつなんだ。僕は生意気にもそう思ってしまった。

そんな何でもない一瞬が、僕には忘れがたい景色となった。




  


Posted by taro at 20:10Comments(1)教育