2009年12月31日

今年もありがとうございました。

何気ない冬の一日なのに、
やはり大晦日は特別な雰囲気がある。

また一年が終わる。


今年は本当に新しい出会いに恵まれた。
夏の奄美公演。
歌いに行った数々の場所。
考えてみると、今年は鹿児島より北に
一度も行ってない気がする。
この10年間で初めてのことが、
どう思い出してもそのようだ。

その代わり島々には足繁く
通わせていただいた。

個人的には住居を鹿児島市から
鹿屋市に移した。
ヒメヒコを中心として、
”まち”と関わってみたいと思ったからだ。
おかげで、リナシティのみなさん、
焚き火ライブのみなさん他、
わがまち鹿屋とより深く関わることができた。

そしてヒメヒコのメンバーたち。
一年間、来る日も来る日も稽古に
通い続けてくれた君たちに、
僕は生かされていた。
そのことをいつもうまく表現できないけど、
やっぱり感謝してる。


明日、年が明け
僕らはまたスタートを切る。
舞台の幕は決められた時間に上がり、
そして上がった幕は、必ず下りる。

終わりがあることを胸に、
力強く歩んでいこう。
仲間と共に歩む、この一瞬一瞬の
いとおしさを胸に。

12月31日という
冬の一日がもうすぐ終わる。


2009年もありがとうございました。


夏の「ヒメとヒコ」奄美公演より









  

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2009年12月20日

くたくたになって。

今年、最後の奄美大島訪問。
来年2月のヒメヒコ公演に向けて、
大島高校新体操部と再会。
二日間の稽古を終える。

船旅ではじっくり本を読む時間が持てる。
中村安希さんの「インパラの朝」。
(集英社)
26歳女性の47カ国の旅。

中村さんがインドで出会ったという
国際ボランティアの
女性の言葉が心に残った。
「私はただ、毎日疲れて眠りたいのよ。
 『今日も自分は頑張った』って、
 そういう疲れを身体に感じて夜はベッドに入りたい。
 ただ、それだけよ。」
 (58頁)
女性は、先進国で定職に就いていたが、
自分の必要性を見いだすために
国際情勢の不安定な国々でボランティアとして過ごす。


ともすれば、”疲れずに”一日を終えた方が
得だと考えてしまいそうな自分も含め、
考えさせられるセリフだと思った。

くたくたになってベッドに入ること。
それが自分が今日一日、必要とされた証し。
その日々の繰り返しは、つまり
精一杯”生きた日々”。
そう思うと、全ての難儀に前向きになれる。
忘れないでおこう。


12月22日(火)鹿屋3カ所巡礼ライブ
「Sweet home KANOYA」に参加します。
4組のかのやんミュージシャンが、
「ラグタイム」「ゴーケンズ・バー」
「ライムストーン」の3店舗を巡回ライブします。
ひさしぶりのソロライブ!







  

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2009年11月22日

せっかちな自分。

僕はせっかち。
それが、これまで数々の
失敗の原因だし、
成功の秘訣だ。

短所にも長所にもなる
そんな自分の性質。
正しく知ることは意外と
難しいと思う。


現在、FMおおすみで
番組の制作を準備中。
詳細は近々アップします。
お楽しみに。


本日は焚き火ライブ。
雨模様のため、ライブバー
「Bottoms-up」での開催になるかも。
今日の僕の出演はシークレット。
(ってここでばらしているけど)

明日は大崎町にて、「ふれあいフェスタ」
に永志保と出演。
天気が回復すると良いな。

そして次の週末は
諏訪之瀬島の学校を訪問。
初めてのトカラ列島。

ギターと釣り竿を携えて、
フェリーに乗り込むのさ。
あぁ、これがこれぞ僕の大好きな島旅。
せっかちな僕は、すでに妄想を楽しんでいる。
諏訪瀬のみんな、待っていてね。


大好きなフェリーのデッキからの景色














  

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2009年08月23日

ゆめ

夢が叶う前夜って
こんなにも静なんだな。

明日、ついに奄美公演は
出発の日を迎える。
思えば、「ヒメとヒコ」を
奄美でやりたいと思ってから、
あっという間に時が過ぎた。

そして、僕は気がついた。
僕ははじめて自分の夢を
叶えるのかも知れない。

目標を達成するというのとは
まったく違うんだ。

なぜなら、夢の大きさとは、
夢を共有する仲間の数だということ
に気がついたから。

満天の星空に輝く
たった一つの星を眺めるように、
僕らは同じ夢を見つめ
時間を過ごすことができた。

そして僕は人生ではじめて夢を叶える。


明日、18:00鹿児島新港発。
ぜひ見送りに来てください!






  

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2009年05月19日

優しさという力

朝からFMかのやにて生放送。
ヒメヒコ、奄美への夢を語る。

FM鹿屋はNPOが運営し、
大隅各地のFMとネットワークを
組んで放送している。

われらがリナシティにもサテライトスタジオがあり、
たまに収録している。

この立派なサテライトスタジオは、
一NPOに独占させるわけにはいかないということで、
今は町のお菓子屋さん(フェスティバロ)
が無償で元店舗を貸してくださっている。

行政とNPO。
よくある話だが、
一NPOを育てて何が悪いのだ、
とボクは思うのだ。

力も実績もないが、
夢と情熱だけで街のために
新しいことを始めようとする人々を
応援しようという理屈は誰もが納得することだろう。

ただ行政が心配するのは、
一団体に独占させていることへの批判なのだろう。
気持ちはわかる。

ただボクの考えはこうだ。
大変なときに親切にされた人ほど、
その恩を忘れないということだ。
ましてや調子にのって施設を独占するなんて
ありえないと思う。

一番大事なことは批判されても、
きっちりと信念を説明する覚悟があるかどうかなのだ。


学生時代、よく貧乏旅行をした。
自転車で関東から青森へ走り、
一夏で北海道を一周した思い出は、
いつまでも色あせない。

旅すがら、たくさんの親切を受けた。
若者の一人旅。
相手も半ば同情だったのかもしれない。
宿、食べ物、時間つぶしの会話。
たくさんの優しさをもらった。

だからボクは旅人には親切だ。
受けた恩は忘れないものだ。
あの時の優しさを、ボクは別な場所で返すことにしている。


中学、高校、大学。
本当にすばらしい先生方に恵まれた。
時間、労力、お金、すべてをだし惜しみなく
学生に費やしてくれた多くの先生たち。

だからボクは、次の世代に恩を返そうと思う。


優しさというものは確固たる力を内包している。

もらうだけの人はいない。
もらった以上を、返したいと思う。
恩返しできるような地位、力を手に入れたいと
汗を流そうと思う。
しかもそこには喜びまでも伴って。


”強い方がいつも優しくあれ。”

これは経験から学んだ自分のルールである。












  

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2009年03月29日

サクラの木の下で

鹿児島はサクラが満開。
少し肌寒い夜だが、
あちこちで花見のにぎやかな
声が聞こえてくる。

本当に律儀に、この時期に
花を咲かせてくれるサクラ。
ある友人が、
季節の行事を大切にしよう
と話していた。

花見も大昔から営まれてきた
そんな行事なのだとしたら、
それは歴史を感じる
機会なのかもしれない。

立派な一本のサクラの木の下で
想いを馳せてみる。
毎年、同じこの場所、
十日と違わないこの時期に
人々が集い、夢を語り合う。
そんな想像をしてみた。


映画「レッドクリフ」を見た。
内容はともかく、
大胆なハリウッドの演出による
アジア的美しさが印象的だった。
男性も女性も、そして衣装も、
立ち振る舞いも。
映画スターと言えば、
彫りの深い西洋人が当たり前という
ボクの世代にとっては、
あの胴長で一重まぶたの
スターたちが活躍する姿は、
誇らしくもあり、
自分たちが忘れ捨て去っているものの
大きさを思い知らされもする。

和服も確実にブームである。
何でも自由に選べる
ありとあらゆる服の中から、
とりあえず選ぶというのが、
今のボクらにとっての和服だ。

それはそれで悪くはないのだが、
時代や文化が強制する服の
美しさは、また別格な気がする。
たとえ見た目が一緒でも、
背負っているものが違う。
服にも背景があり、ストーリーがある。

毎日の服装が自由な自分は、
ユニフォームに憧れることがある。
たとえば消防士や警官。
そこに使命や任務、特殊な技術など
その服の内側に潜む肉体にまで思いが及ぶ。

自分の生き方すら、
カタログを眺める感覚で
自由に選べるこの時代に、
強制や、束縛から生まれる
文化や美は忘れられて
当然なのかもしれない。

それはあなたが不自由して
いないから言えるんだよ、
そう言われるかもしれない。

しかし美しさというものが、
単にお金では買えないことは
多くの人が納得してくれると思う。


短命だから美しい
はらはらと散るサクラの花びら。

そんな風景と重なりながら、
人の営みと”美”の関係について
思いはあてどなく巡る。















  

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2009年03月20日

勝負

めずらしくテレビに釘付けの日々。
WBCは、面白い。

日本vs韓国の戦いは、
毎度興奮する。

日本に対しては、
相当にムキになる韓国チーム。
ここのところやられっぱなしの
日本チームが今日は快勝。
しかし、まだ分からない。

どっちが強いのか。
その力比べ、ガチンコ勝負が
本当に面白い。



長いこと戦ってないような気がした。
もちろん自分のこと。

日々の新しい挑戦、
自分との戦いは
自然とやっているのだろうが、
ムキになる戦い、
涙を流すほどの悔しさを
味わっていないなぁと思う。

大人になると負け方もうまくなる。
まるで負けてないように上手くごまかせるようになる。
みじめに負けと向き合うのは、
精神的ダメージも大きいもの。


だけどヒリヒリするような勝負。
そんな空気の中でしか得られないモノがあったはずだ。
本気の負けからしか学べないモノがあったはずだ。
あの頃あんなに熱くなっていたじゃないか。
ああ、すっかり忘れていた。
そんな思いがこみ上げてきた。

今のうのうとブログを書いているこの瞬間にさえ、
僕よりずっと才能のある者が
身を削るような努力に明け暮れている・・・

そんな空想を忘れないようにしようと思った。

空想の世界のそんなライバルたち。
いや絶対に存在するライバルを思うと、
ぞくぞくしてくる。


勝って勝って、
負けて負けて、
また負けて。

その先の、本当の自分に出会おう。

















  

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2009年02月05日

誰でもない自分

ここのところ連日、マスコミの取材や、
会合に出席して舞台について語る日々。

語ることで、自分のやっていること、
考えていることが整理されて
課題も達成も見えてくる。

話すでもいい、書き記すでもいい。
自分を客観的に説明することは
以外と重要だ。


舞台作りは、実際の”舞台”のサイズを越えて、
その背後にある、様々な思惑、競争、夢、挫折を
引き受けることである。

これからが大変だよ、と
言われることも多くなった。
そうだと思う。

中途半端に出る杭は打たれる。
ならば手の届かないほど突出するしかないのだ。

幸いなことに、後ろから高校生たちが見ている。
彼らに大人をあきらめてほしくない。
大人になるってのは、あんがい素敵なことなんだ。
高校時代が最高!なんて簡単にかたづけんなよ、って。

バカバカしくても熱く生きることにしたんだ。
よく見ておけ!と、自分にハッパをかける。



明け方、5時半。
うすあかりの鹿屋路を運転する。

浜田真理子の”あなたへ”が流れている。

誰でもない、”あなた”の声を
響かせればいいのだよと、
語りかけてくれる。


本番まであと10夜。













  

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2009年01月19日

錦江湾でうたた寝を

大隅と薩摩、そして霧島を往復の
この数週間。

移動のフェリーでの読書が、
楽しみの一つである。

波に揺られながら、どこでもない
海の上で過ごす曖昧な時間。
これはある種の贅沢だ。

目の前にやるべき仕事が
どかんと存在する時は、
なるべく紀行文やノンフィクションを
読んで、思いだけでもトリップしよう。
日差しのまどろむ船内で、空想の旅を。




本物の孤独を感じることで、
はじめて仲間を知る。
ボクにもそういう時があった。
それが無ければ、相変わらずだっただろう。

生まれた時から周囲には誰かしらいる。
そして関係を結んでいくのが生きるということなのだが、
分かったつもりで分かっていないのだ。

暗い川に落ちて行く。
冷たくかたい川底を蹴った
その感触でもって、水面の光を生きてゆく。




気が付けば、本を枕に
うたた寝の夢の中。
船内放送で飛び起きると、
ふらふらと車へと階段を下りる。

エンジンをふかし、ハンドルを握る。
とたんに稽古場で待つ
みんなの顔が思い浮かぶ。











  

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2009年01月03日

謹賀新年!

今年はどんな年にしたいですか?
と、様々な場所で尋ねられて初めて考えてみた。


よし、今年は急がば回れだ。

別にのんびりというわけでなく、
ボクの性格からして
冷静に行動するのが最速なのだ。
冷静最速!


そしてもう一つ。
中心に立つことを恐れないこと。

これまで渦のど真ん中が苦手だった。
コテコテの主人公になれないタイプだった。

スマートな脇役をひょうひょうと演じるのは
楽だしかっこいい。
深く傷つくこともない。
だけど、それはもう終わり。

堂々とど真ん中に立ち、
真っ向からの波風を
受けて立とうじゃないか。
自分色をはっきりと示そうじゃないか。

それでいて周りにはもっともっと気を配ろう。
何を言われても、ガハハと笑い
丁寧に思いを伝えていこう。

そんな風に考えた。


新しく引っ越した部屋は
桜島が見える場所にあり、
朝、カーテンをガッと開けると、
毎日違った日の出が見られる。

明日はどんな陽が昇るのか。

2009年という太陽は今、昇ったばかりだ。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
明日は山形屋ベルク広場にて、
ヒメヒコ軍団勢揃い!
新春のミュージカル・パフォーマンスを行います。
13:00 14:00 15:00の三回の予定

鹿児島市近隣にお住まいの方。
ぜひ足をお運び下さい!
高校生のエネルギーを体感して下さい!
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



















  

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2008年12月26日

今年も。

今日から毎年恒例の年末山ごもり。
もう10年以上、この年末の時期を
自然の中で過ごしている。

テレビではせわしく年末特番が流れている頃、
なんにもない山の中でシンプルな暮らしをしながら、
今年という一年をふり返る。


今年はより自分に気付いた年だった。
得意なこと、苦手なこと、成功も失敗も
一歩下がって冷静に見つめてみると、自分が見えてくる。

そして昨日の自分を、少しだけアップデートする。
TARO2.01をTARO2.02という具合に。

それは落ち着いたとか、
冷めたということではなく
より貪欲に、そして結果にこだわるようになった
ということかもしれない。

衝動で動くんじゃなく、
情熱を保ちつつ確実に進みたい。


これから高校生たちがやってくる。
大隅からフェリーで海を渡って。

中には初めてキャンプを体験する子もいる。
去年参加したメンバーは
「あれで仲良くなったよね!」
と笑っていた。

さぁ、今年も共に嬉しい難儀をしてこよう。
晴れ渡った冬の天空を、揺れる焚き火の炎を眺めてこよう。



昨年のキャンプ。衣装の布を染める










  

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2008年12月15日

寒空と手紙。

”それ”は突然そこにあった。


仕事上での無理難題、
迫っている締め切りたち、
急な日程の変更・・・

重なる時には重なるもんだと、
少しため息まじりで寒空の下、
駅から部屋へと歩く。

入り口のドアを開けると、
見慣れない大きめの封筒がおっこちていた。
何やら英語で書かれた自分の宛名の
その筆跡ですぐに分かった。

”ディオンだ!”


ボクがバンクーバーの語学学校に通っていたころ。
選択でとったあるクラスの担当だった彼女。
気さくでさばさばした香港人の彼女は、
何とも言えない魅力を持った教師だった。

ボクはその時の担任に頼み込んで、
初級クラスを最初の一ヶ月で強制終了、
中級クラス、しかもディオンのクラスに
入れてもらった。
あまりそんなわがままを言ったことはない自分だが、
なぜかその時は必死だった。

そして2ヶ月間、彼女のクラスを満喫した。

あの貴重な毎日。
毎日眺めていた”その筆跡”が、
忘れた頃に、ボクの手の中にある。

心がじんわりと温かくなるのを感じた。


もともとつき合いのあまり良くない自分が、
最近は本当に人とのつながりに励まされる。
気が付けば、
さっきまで頭を抱えていたあれこれも
すっかり吹き飛んでいた。

寒空のもと届いた一通の手紙。
どんなに離れていようと、
心の距離は変わらない。

数千キロの彼方、今日もディオンは
生徒たちと笑っていることだろう。

I really appreciate your friendship, too.


  

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2008年11月25日

イルミネーションの中で

いい旅だった。

久しぶりの東京はイベントの出演を日中で済ませ、
立て続けの再会に沸いた。

40周年を迎えた
飯田稔教授(現・びわこ成蹊スポーツ大学学長)の主催する
幼少年キャンプ研究会。
そのパーティには間に合わなかったけど、
夜の二次会にて師匠・飯田先生と、
そして”あの頃”小学生だった花山キャンパーたちと出会う。

まったく元気な67歳の飯田先生と、
すっかり大人になってしまったキャンパーたち。
ボクの当時のキャンプネームは”りすざる”で、
10年ぶりにその名前で呼ばれた。

ボクがまったく覚えていない
小さな小さなエピソードを、
嬉しそうに語ってくれる教え子たちを前に、
くすぐったいような気分。
そして自分のことを覚えていてくれる、
それだけのことがどんなに嬉しいことか
思い知る。


「あなたに支えられてます・・」
そのコトバにボクが支えられてます。



今年から東京での暮らしをはじめた
「ヒメヒコ」卒業生とも
ビールとウーロン茶で乾杯。
赤提灯のガード下焼き鳥屋だったけど、
小さなテーブルをはさんで、いつになく語ってしまった。

地下鉄の改札に小さな背中を見送ると、
自分の身も引き締まるのを感じる。
彼らがボクらの背中を見て、
この大都会で夢を追いかけているのだと
分かってしまうから。

ボクに夢を与えてくれた師匠。
そしてボクと出会い夢を描いてくれた子どもたち。

銀座の街を歩く。
イルミネーションの大都会は
相変わらずモノ、欲、お金という
幻想が整然と並んでいた。

そんな光の渦のど真ん中を歩いていたから
お金で買えないモノの、あったかさが分かってしまった。
ボクらを励まし、守ってくれる”関係”という目に見えないモノ。

そしてこの旅の最後は、
今年の夏にブログでも書いたN先生との再会へと続く・・・















  

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2008年11月16日

自信

アーティストとして仕事は、時として”才能”と
くくられてしまうことが多い。

何を言いたいのかというと、
20代の頃から、
「・・・できる才能があるからいいですね」
と言われることが多かった。

ここで努力か才能かという話をしたいのではなく、
当時のボクはなんら実感も自信も持てなかったのだ。

時は流れ、鹿児島に戻ってきて1年半。
はじめて、自分の適性が、本当に得意なことに
気付きはじた・・そんな自覚がある。

きっかけは、アウトドアライターの
ホーボージュンさんが僕の歌を初めて聞いて、
「これは物語だね。舞台だね」
と即座に言った時のこと。

「人間、ホントの才能なんて、たかが一個だと思うよ」
とさわやかに笑っていた。

すこし吹っ切れた感じがした。

誰もが複数の可能性を持っている。
無限の適性、才能があると信じたい。
が、その中の一つを半ば強引に選んでしまうこと、
決めつけてしまうことも時に必要なんだ。

そんなことに今頃気付くなんて・・
少し恥ずかしい話でもある。


何はともあれ、迷いはどこかへ飛んでしまった。
今のボクは、あえて自分の能力の方向を決めつけてしまった。
腹をくくってしまえば、力もわいてくるから不思議だ。

34歳。
ほんの少しの自信を手に入れたこの時を覚えておこう。




  

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2008年10月29日

あの山の向こう

幼い頃から何にでも影響を受ける子どもだった。

”かっこいい!”と思ったら
すぐに真似ごとをはじめ、
そのハマりっぷりは徹底していた。

感動したもの、面白いと思ったものは、
徹底して調べるクセもその頃からだ。


そして今がある。


歳を重ねるに連れ、感受性が薄れる?
ボクはそう思っていない。

そう、経験を重ねるほどに、
初めて触れるものも少なくなる。
初めて見たあの時のような感動は
なくなって当然だ。


だったら”初めて”を貪欲に探せばいい。
自分にとって”新しい”ことに、
億劫にならなければいい。


相変わらずボクは何にでも感動する。
何にでもすぐ影響を受けている。


”あの山の向こうをのぞいてみたい”と思うこと。
そんな知的冒険心がなくなるまで、
作品を作り続けたいみたいと思う。




向こう側に何が見える?



  

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2008年10月07日

崖の上のポニョ

だいぶ流行からは遅れてしまっているのかな。
「崖の上のポニョ」
ようやく見ることができた。

実は書店などで耳につく”あの歌”が
あまり好きになれず、映画館に足が向かなかった
というのも本音。

内容についてはいっさい予備知識なしで見に行った。

それで感想はというと。


いやー、正直すごいと思った。

トップランナーである宮崎監督が
こんな大胆な切り口を実行するなんて。


個人的には、これは夢だなと思う。

誰にも経験があると思うのだが、
すごくリアルでドキドキするような夢。
夢から覚めて他人に説明しようとすると、
あれっ、なんだか非現実的だし、そんなに面白くもない。
見た本人だけが、一日中その余韻の中を切なく漂っているような。

そんな夢の世界を描いている作品に感じた。

5才の頃、みんな世界をあのように捉えていたのかな。


見終わっていろいろ調べてみると、本当に賛否両論みたいだ。

だけどボクは好き。

恐れずに自分のやりたいことをやった
宮崎監督のその迫力に勇気をもらった。






  

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2008年10月03日

リズム

かごしまアジア青少年芸術祭のリハで純心高校へ。
ダンス部と吉俣良さんのコラボのための練習。

篤姫のテーマで創作する高校生ダンス部員たち。
顧問の本坊先生をはじめ、女子短の小松先生も助っ人に駆けつけた。

小松先生の指導のテンポの良さに脱帽。
短時間でどんどん踊りが変わっていく。
いや、振り自体は何も変わっていないのに、
見ているこちらへの伝わり方、感動の度合いが変わっていく。
表現する・伝える技術の奥深さを感じた。


何事にもリズムは大切だ。
心臓の鼓動も早すぎては身体に悪い。
ドラムのビートも強すぎては心地よくない。

強さを引き立たせるための柔らかさ。
静けさを際だたせるための激しさ。

これらの緩急は、芸能のみならず
誰もが生活の中で感じている。

周りと息があわない時、
リズムを修正してみよう。
上手くいかないのは、
相手が悪いのでも自分が悪いのでもなく、
二人のリズムがずれている時。

ほんの一拍だけ待ってみよう。
心地よいセッションが復活すると思うんだ。

本当に才能あるドラマーは、自分で目立たず
気が付けば周囲のプレイヤーを気持ちよくグルーヴさせている。

仕事でも、周囲に軽快なリズムを与えるような
そんな仕事人になりたい。




蒲生神社の巨木。しっとりとペースをもどす。



  

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2008年09月01日

いい夏

子どもの頃のような夏休みだった。
もちろん遊んでいたわけではないが、
夏にしか出来ないことを存分にやったという意味で。

合計20日間の島旅。
出会った人、感じたこと、
また少しずつブログに記していきたい。

さぁ九月。
これもまた子どもの頃のような新学期の気分だ。
新学期初日、幸先よい連絡が。
MBCニューズナウの今月のエンディング曲に、
「恋のそら」が選ばれた。
素直に嬉しい。

音楽は歌い、歌われ、その命の輝きが増してゆく。
自分の作った歌たち、一生付き合い
育てていきたいと思っている。

10年前に作った歌を今歌うとき、
あの時の自分があっという間によみがえる。
情景までもが浮かび上がる。
そんな景色の見える歌をいつまでも歌っていきたい。


それにしても、いい夏だった。

いい夏をいい秋へとつなげよう。



加計呂間島の名もなき浜に咲き乱れるアダン
  

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2008年08月25日

秋のにおい

朝起きて窓を開けると、
つんとにおいがした。

秋のにおいだ。

快晴の空から降り注ぐ日差しは、
だけど盛夏のそれほどの強さはなく、
ほんのりと柔らかい。

顔をなでる風に、季節の香りがした。

遠くで蝉が鳴いている。

いくつになっても、少年時代の感覚はなくならない。
季節がうつろう切なさや安堵感。
ある一日、一瞬を境に、自分の夏が終わる。
誰もがそんな感覚、時の感覚を持ってるのではないだろうか。


今日から、また旅に出る。
この夏、三度目の島旅だ。

まだまだ灼熱の奄美。

戻ってくる頃は、鹿児島はすっかり秋の始まり。

オンとオフ。
旅と日常。
そのコントラストを楽しんでこよう。



写真は沖永良部島にて



  

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2008年06月23日

内側へのたび

それがどうしてなのか
本人さえ不可解なのだが、
なぜがふと思い出す”あの瞬間”がある。

それらは何ら特別な出来事や、
ショッキングな瞬間ではないのだが。


小学校低学年のころ。
冬休みが始まろうとする、
2学期の終業式の日。
午後から体育館で上映される
映画を見に、いったん家に戻り、
再び学校へ向かう時の、
あの道、あの気持ち。


夏休みの始まる日。
川沿いの家まで聞こえてくる、
神社から降りてくるお神輿のカネの音。
いてもたってもいられなかった”あの気持ち”。


夏休みが終わる頃、
毎日遊んだ川に、秋の訪れを告げる
赤とんぼの群れがやってくる。
夕暮れを背に、夏が終わるんだと
悟らされた”あの瞬間”。



小さな頃の記憶というのは、
イベントの大きさなんて計れないから、
ふとした心の動きを
重要にしているのだろうか。


運動会や遠足は
ほとんど覚えていないのに、
季節が変わる、そんな一瞬を
子供ごころに捉えた瞬間を
よく思い出す。


沸き立つような嬉しさ。
胸を少しだけちくりと刺す切なさ。


それは世界のどんな絶景を見ても
感じたことのない、
どこか心のおくだけがじんとする
不思議な感触だ。


それはもう戻れない、
とうに過ぎ去った過去であり、
戻れないあの頃の自分だと
分かっているから感じるんだろうか。


自分の奥底に眠るものを
探し、対話する旅。


旅の目的地は
外ばかりではない、
と思う。  

Posted by taro at 11:03Comments(4)TrackBack(0)自分のこと